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秋の宮島へ!

紅葉ではなく、お世話になった方の一人で、歴史が好きな人がいて、

来年のNHK大河ドラマ「平清盛」にちなんだ本を探しに。

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イチョウの木も、色づいています。

たまたま、千畳閣(秀吉が、造りかけ出なくなった建物。)で、

インテリアのコーディネーターの協会が、広島大学の先生やら、

現代の琵琶法師を招いて、イベント開いてくれるので、

聴かせていただきました。

壁がない、柱だけの建物なので、寒い!です(笑)


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秀吉の当時、国内は材木不足、

ここの柱は、大きさや、種類(くすのき、すぎ、すが、など)も様々。

安土桃山文化が、金箔を塗って絢爛豪華なのは、

それらを粉飾する目的もあったとか。


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850年前、清盛以前には、ここは陸地だった。

土砂を除き、海上神殿を建てた。

それも、それ以前の、千年近い過去の災害を、おそらく

地元の歴史を調べて。

20年に1度の高潮、それらと2,30年に1度の大型台風、

数百年に1度の超大型台風、

その時、ここの谷間を吹く風速50メートルの暴風、

200年に1度の土石流、

これらを緻密に計算して、

普通の神社の100倍、伊勢神宮の2倍以上の

日本史上最大の神社本殿を造営した。

その結果、回廊ぎりぎりまで、海に浮かぶような設計に、

かつ、大事な玉殿は、これまで、一度の災害にもあっていない。

全てが想定内。

回廊などが水没するのも想定内で、床板と床板の間に隙間を設けている。

20年前の19号台風で、壊滅した神楽の舞台は、後の時代で増設されたもの。

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回廊、拝殿、祓殿、神殿など、高さが違う。

これらは、定期的な自然災害で水没、風災にあっているが、

玉殿は、かつて、被災したことはない。

千数百年前からあった祠の場所に玉殿をおいた。

そこが1700年以上前なら、

今朝のブログで書いた南西諸島から、東海にかけてのスマトラ級の

超大型地震による津波にも耐えた場所ということになる。

各地の一ノ宮などは、樹齢何百年の巨木をご神木としている。

そこが、数百年は災害を超えて残ったことになる。

百年単位ぐらいで想定する現在の設計では

回廊の高さを1メートルぐらいで設計するだろう。

柱の下に、塗料がはげたり、貝がこびりついたのが丸見えで、

こんな美しい、廊下が海に浮かんだような設計には出来なかったろう。

「ギリギリの美」は出せない。

大潮が一番高くなる9月には、ぴったり、水面と一致する。

現代は、黒潮の異常気象や、フェリーなどの運航の波で

廊上まで、潮が来ることもあるが。

少なくとも、数百年のものすごい自然観察がないと、こんな設計はできない。

講師の大学教授は、現代の「想定外」を連発するその薄っぺらな設計力に比べ、

その想定力に、凄く感動していた。

定期的に被災するところは想定済みの設計。

また清盛公は、奥ゆかしく、自分が作ったこっとはせず、

宮司さんのポケットマネーで造営したと記述させている。

東では、伊達政宗公のすごい土構物をみてきたが、

こちらも、すごい!

多くのデザイン関係者の中に、、一人ポツリと座り、

ただで、これ聴いていいんですかって、

どうぞ、どうぞ、と。

得した講演会でした!!

ありがとうございました。